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日産セントラその2

ネヴァダ州のどこか


初代スズキカルタス

米国到着後の最大の心配ごとは実は住む場所を決めることでありましたが、大学の

留学生窓口でもらった情報をもとに、青のマツダ323でいろいろ回り、無事にア

パートを見つけて落ち着くことができました。

アパートを決めるためにオクラホマの町を回っている間に目撃した、忘れられない

風景があります。ごく普通の家屋の、前庭部分(玄関まわりの芝生とかガレージへ

の進入路などのあたり)に、青メタリックのシボレースプリント(初代のスズキ

カルタス3drHB)がフロントガラスに大きく「2700」と白い塗料で描かれて

道路に向けて停めてあるのです。

私はこれを見て、「おお、いざとなれば2700ドルをこの家に持っていて、売ってく

れと言えば、まずはクルマが手に入る」となぜか安心してしまいました。

中古車屋

私はクルマが好きで、学生の頃からショックアブソ-バ-とかマフラ-、エンジン

マウントなども自分で交換していました。

もし日本でクルマを購入するならば、相当のこだわりをもって、熟考に熟考した上

で車種等を決めると思います。しかし、当時は初めての外国生活で、大学院での勉

強や、とにかく生活一般がうまくいくか不安であり、また、はやくクルマを入手し

ないとレンタカー代がかさむので、かなりあせっておりました。

まずは、アパートの近くの、幹線道路沿いにある中古車屋さんをレンタカーのマツ

ダ323で何件か訪問しました。中古車店の風景は日本とよく似たもので、道路に

面した場所にメインとなる車を展示しており、事務所はだいたい奥の方にあります。

新車ディーラーの一角で中古車を扱っているケースと、中古車専業店があるところ

なども日本とよく似ています。

何件か見ただけで、大きく落胆したのを覚えています。値段が高いのです。

92年当時でしたが、初代カローラU(2代めターセル・コルサ)(米国名はターセル)

が4500ドルとか表示されていました。

日本なら10〜20万円程度だったはずです。どこの店も似たり寄ったりで、全般的に

中古車の値段は高いと思いました。

オクラホマではクルマが必需品なので、きちんと動くクルマはそれなりに中古市場

でも評価されているようでした。

日本では、走行距離が少なく、しっかりした、5〜6年モノの中古車で、もしそれが

不人気な車種であったり、不人気な色であれば、とても安い値段で入手できると思

います。米国でも人気・不人気というのはもちろんあるでしょうが、きちんと動い

て自動車としての役割を果たせるクルマは、日本と比べて高いと感じるような値段

が付けられていました。

日本に比べて米国の物価は安いだろう、とくにクルマ文化の国だから、中古車などは

日本に比べて激安で買えるのではないかと考えていた私には意外でありました。

余談ですが、大学の学費も米国の方が高くつく場合が多いようです。

それにしても、外国語というのは大変なものだと思います。

米国到着後まだ一週間程度でありますので、アパートを下見している間もそうでし

たが、言葉では苦労します。中古車を見せてくれ、というのだけでもあらかじめ青

のマツダ323の車内でせりふを考え、やおら勇気を出して降りて行ったのを今で

も覚えています。

TOEFLやらGMATなどは、よく考えられて作られたテストだと思いますが、日本人は受験勉強

の習性があるのか、スコアと実際は乖離してしまう人種のようであります。

話しは変わりますが、アパートのmanagerにしても中古車屋の人々にしても、言葉

の不自由な見知らぬアジア人にとても親切でありました。客だからか。

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